『 反哲学入門 』 木田元著 新潮文庫(き 33 1)
こういう題名の本は、なかなか近寄りがたい感じがするものだが、本書はギリシャのヘラクレイトスから始まってソクラテス、プラトン、アリストテレス、中世の神学者の何人か、デカルト、カント、ヘーゲル、ニーチェ、ハイディガーの系譜をたどりながら、日本も含めた世界的な視野でみるとプラトンからヘーゲルまでの哲学者が説いている「哲学」がいかに特殊なものであるか、それ(プラトンからヘーゲルまでの哲学者が説く「哲学」)をベースにした西洋という文化圏の特殊さというものを分かりやすく解説したものである。
ソクラテス |
プラトン |
自然というものに向き合った場合に、この世界の「存在」というものを、「あくまでもそうなっているもの」、「生きて生成するもの」とみるか、それを「誰かの意思(超自然的価値)によって作られたもの」、したがってそれは「認識や制作のための死せる対象や材料」としてみるかによって、その見方も決定的に変わることになる。ソクラテス以前の「思索者たち」による「思索」から、ソクラテス以降の「それ(存在)はなんであるか」と問う「哲学」への転換によって、そうした見方の変更が起こり、そのような見方、考え方がプラトン以来ニーチェ以前の哲学者の根底には存在し続けてきたのであるが、19世紀後半に入って、ニーチェはヨーロッパの不毛な精神状況、すなわちすべてのものが無意味、無価値に見える虚無主義的な心理状態(ニヒリズム)をいかにして克服するべきかについて思索し、「神は死せり」という有名な言葉を発する。この「神は死せり」というのは、プラトン以来、ヨーロッパの文化形成を導き、いわば世界の諸事物に意味や価値を与えてきた最高の諸価値すなわち、「超感性的な」、「超自然的な」諸価値がその力を失ってしまった、ということを認め、そして、それらの諸価値を積極的に否定する以外には、当時ヨーロッパの思想界を覆っていた「ニヒリズム」を克服する方策はない、ということを言ったものである。ニーチェは、このように19世紀後半の病状の診断と病状の確認を行い、さらにその治療手段を講じていくことになる。さらにその思想は、ハイデガーらに受け継がれていくのであるが、木田は、それらの思想を本書で、ニーチェ以前の思想と区別して「反哲学」と呼ぶことを提唱している。そして、20世紀後半になると、このような反哲学の動きに刺激されて、ようやく「西洋」の脱中心化・解体の具体的作業にも着手されつつある、とのことである。
ニーチェ |
ハイデガー |
本書は、プラトン以降のヨーロッパの哲学とキリスト教の教義の混交と一体化について、その歴史と流れをきわめてわかりやすく解説するとともに、19世紀後半になってなぜニーチェが「神は死せり」と言い「力への意思」と言い「永劫回帰」という言い方をし、反哲学と呼べるような「価値の転倒」をなしえたのかについても、丁寧に解説がされており、このようなことに少しでも興味を持っている人にはぜひ一読をお勧めする次第である。
2013.1.11
Yukikaze
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