2009/09/23

読書のしおり ー その4 「 ヒトラーの経済政策(世界恐慌からの奇跡的な復興) 」






『ヒトラーの経済政策(世界恐慌からの奇跡的な復興)』  武田知弘 祥伝社新書 819円

本書は、ヒトラーの経済政策を追求することをテーマにしている。 アドルフ・ヒトラーは言わずと知れた第二次世界大戦最大の戦争犯罪人であり、悪の代名詞にもなっている人物である。 しかし、と著者はいう、だからと言って彼らの行為が全て否定され定位ということではないだろう。ヒトラーやナチスという存在は、構成において「全否定」に近い評価をされてきたが、彼らは一時的にしろ、ドイツ経済を崩壊から救い、ドイツ国民の圧倒的な支持を受けていたこともあり、後世の経済政策のヒントになるようなこともたくさんあるのではないだろうか、と。
ヒトラーが政権を取ったときに、ドイツは疲弊しつくしていた。第一次世界大戦で国力を使いはたしていた上に、多額の賠償金まで課せられた。「多額」と一口に言うが、具体的に言うと1929年当時で、ドイツの歳入の1/3近くを賠償金に充てなければならず、1930年代には世界恐慌の影響でドイツも歳入が大幅に落ち込み、歳入の半分近くを賠償金に充てなければならなくなっていた。これが1988年まで続くのであり、とてつもなく重い負担であることは火を見るより明らかであろう。 しかし、ヒトラーが政権をとるや否や、経済は見る間に回復し、2年後には先進国のどこよりも早く失業問題を解消していたのである。 ヒトラーの経済政策は失業解消だけにとどまらない。 ナチス・ドイツでは、労働者の環境が整えられ、医療、構成、娯楽などは、当時の先進国の水準をはるかに超えていた。 国民には定期的にがん検診が行われ、一定規模の企業には、医師の常駐も義務付けられた。 禁煙運動やメタボリック対策、有害食品の制限などもすでに始められていた。労働者は、休日には観劇や乗馬をたのしむことができたし、毎月わずかな積み立てをしていれば、バカンスには豪華客船で海外旅行をすることもできた。 また、労働者には有給休暇、健康新案、福利厚生が導入され、食の安全やアスベスト対策やそのはか大規模店舗法を定め、公務員の天下りも禁止した。 ドイツ国民も、ヒトラーやナチス・ドイツに対してけして悪い印象を持ってはいなかった。 1951年に西ドイツで行われた世論調査では、半数以上の人が1933年から1939年までが最もいい時代だったと答えている。 この時期は、ちょうどヒトラーが政権を取ってから戦争を始める前までの期間である。 つまり、戦争さえ起こさなければ、ナチス・ドイツは国民にとって最もいい国だったということができるのである。 ナチス・ドイツは、共産主義でもなく、資本主義でもない、独自の経済路線を敷いていた。 資本主義の活力を生かしながら、過度な競争、大企業の横暴な振る舞いには制限をかける。 社会主義のようにすべてを管理することはしないが、社会のセーフティーネットはしっかり整えていく。 著者は、以上のように、ヒトラーやナチスを全肯定するわけでもなく、全否定するわけでもなく、冷静にかつ客観的に彼らの経済的施策を分析している。
このナチス・ドイツの経済政策の成功については、天才財政家シャハトを抜きには語れない。シャハトはさまざまなあの手この手の経済政策上の新機軸を打ち出し、ドイツ経済を見る見るうちに立て直した。 その中心的な考え方は、資本主義と社会主義および伝統主義などを臨機応変にいいとこどりをしていくものである。 アウトバーンの建設など莫大な公共投資をするととも、投資した資金の回収システムもちゃんと作ってあったし、対外的には、自由・公平な貿易論者であり、1940年には、ドイツのマルクをヨーロッパの共通通貨にしようという「新欧州経済秩序」、今でいうユーロのナチス版を提案したりしている。 この提案は、当時の敵国の著名な経済学者であるケインズによっても、絶賛されたりもしている。 著者の分析によれば、第二次世界大戦にアメリカが参戦した主な理由の一つは、ナチスが、この「新欧州経済秩序」なるものを提起したことにあるということだ。 なぜならば、この「新欧州経済秩序」は、金本位制を離れた金融制度、いまの管理通貨示度のようなシステムであり、この秩序がグローバルスタンダードになり、どこの国も金本位制に従わなくなると、アメリカにたまった「金(きん)」の行き場がなくなり、アメリカの一人勝ち的な繁栄の根拠が足元から崩れてしまう、という理由からである。
さて、ここで重要なことは、上記のような経済政策の成功が、ユダヤ人の迫害や軍備拡張の果実などでは必ずしもなく、純粋に経済施策運営の巧みさによるものであるということである。 ユダヤ人問題は、経済的問題にそれほど大きな影響を与えているわけではなく、別の観点からとらえるべき問題であるし、軍事費についてもナチス・ドイツの国民総生産に占める軍事支出の割合は、1942年まではイギリスのそれよりも低いのである。 また、無謀な侵攻についても、ベルサイユ条約を基軸とする当時の国際環境・情勢を鑑みれば、「生活圏を守るためには第一次世界大戦以前に持っていた領土・植民地の回復」というドイツ一般国民の大多数が抱いている大命題が背景にあり、なにもナチスのみの責任ではないであろうし、ましてや、戦勝国の強権で莫大な賠償金を押し付けておいて、ドイツの実態をほとんど考慮しなかったイギリスやフランスにも責任の一端はあるとみてしかるべきだと思われるが、いかがなものだろうか。 アメリカのみは、賠償金についてはかなり柔軟であったようであるが、上記のように「新欧州経済秩序」でこれまた、自国の利益のみに固執し参戦へと
突き進んだ解釈することもできそうである。
いずれにしても、この本は、ある意味でナチス・ドイツに対する先入観を払しょくさせてくれるような気がする。 一読を勧めるしだいである。

’09.9.23
   Yukikaze

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