先週の金曜日、3月29日に浦和ロイヤルパインズホテルB1Fで「よみうりカルチャースクール」の第24回目の短歌教室があった。
(1) 天平の民の憂いを映せるか阿修羅の眉根に愁いほの見ゆ
天平時代の仏像は、飛鳥時代のものに比べて「ふくよかな」感じのものが多い。「天平の民の憂い」などという表現は、通俗的だ。「ほの見ゆ」というい方も、詰まった言い方になっており、「ほのかに見ゆ」というべき。また、阿修羅は阿修羅像というべきもの。
→ → → 興福寺の金堂に佇(た)てる阿修羅像少年のごとき愁い滲ます
(2) 「そんなこと和田の人間が言うはずない」祖母言いしとぞ日々想起する
「そんなこと」の内容が不明であり、これでは隔靴掻痒というもので、添削のしようがない。また、「想起する」の語はかたい印象があり、「折ふし思う」ぐらいがいいのではないか。
(3) 依羅(よさみ)なる言葉を持てるこの国の海と川との豊かさを愛ず
「依羅(よさみ)」なる言葉は普通誰も知らない。辞書を引かなければわからないような言葉は使わないこと。また、最後に「愛ず」となっており、二音で終わっている。このように、二音で終わるのは出来るだけ避けること。「豊かさを愛ず」よりも「豊かさ愛す」の方がいい。
→ → → 川波と海波とが相世する寄する所をぞ 「依羅(よさみ)」と言いし古え恋おし
今回は、まったくいいところなしであった。
Mさんの歌 :
「 沈丁花香りただよう路地をきてこともなく過ぎしひと日を思いおり 」
「路地をきて」の「きて」はもう目的地に到着していることを表している。
→ → → 沈丁花かおりただよう路地をきてふと亡き母のなぜか恋しき
→ → → 充実感というには遠しこともなく過ぎゆく日々に不満なけれど
I さんの歌
「 頑なな心のいつかほぐれきぬ芽柳風になびくを見つつ 」
「頑なな」は間違い。「頑な」でよい。「なびく」は間違い。「なびく」は上に向いている枝が風に吹かれている場合であって、柳は枝が垂れ下がっているので「そよぐ」が正しい。
→ → → 頑な心もややにほぐれきぬ芽ぶきし柳のそよぐを見れば
→ → → 芽ぶきし柳のそよぐを眺めおればいつしか頑な心もほぐれきぬ
3月31日
Yukikaze
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