2013/05/19

日々の風景 -短歌教室(添削)(2013.5.19)

 先週の金曜日、5月17日に浦和ロイヤルパインズホテルB1Fで「よみうりカルチャースクール」の第27回目の短歌教室があった。この5月17日は、昨年の5月18日に私がこの短歌教室に初参加してちょうど1年目、27回目である。 今後も頑張って息長く続けていきたい。

 今回は、先月の20日から25日にかけて、九州・大牟田を20数年ぶりに音連れた時に感慨を詠んでみたものであったが、跡かたもなく治されてしまった。

(1) 尋ね行きし筑後の国の家跡に思い出に残る何物もなし
 ・ この歌は、いろいろと説明を聞かないと内容が理解できず、抽象的すぎる
 ・ 「筑後の国」などという古い言葉は使わないようにすること
 
 ・ いつ頃まで住んでいて、今はどこに住んでいるのか

→ → → 尋ね行きしがかって住みにし家はなく野菊の花のあふれ咲くのみ


(2) 不知火小廃校となりて同窓の四人の語りあかとき尽きず
 ・ 廃校となったのはわかるが、建屋は残っているのか
 
 ・ なぜ四人なのか、同窓会だったら、もう少し多いのではないか
 ・ また男同士なのか女性もはいっているのか
 ・ 「あかとき尽きず」という言い方はしない。言うなら「あかときまで尽きず」と言うべき
 ・ 一晩中語り合った、語り合って夜が明けてしまった、という言い方に工夫すべし

→ → → 廃校となりし不知火小学校のかっての同窓生四人と酒飲む

→ → → 母校なりし不知火小の同窓の男四人と久々に飲む

→ → → 小学校の同窓生四人と久々についに夜明けまで汲みかわしたり


(3) 年を経て会いし友らも老いにけり口づてに聞く訃報の多し
 ・ 「訃報の多し」という言い方はしない。
 ・「老いにけり」とあるがまだ70歳前であれば、言い過ぎ

→ → → 久々に会いたる友ら老(ふ)けていて聞けばすでに亡きひと多し

→ → → 久々に会いたる友ら老けていてすでに亡きひと多しとぞ聞く


今日も随分と自信を持って提出した歌だったが、御覧のように見るも哀れな結果になってしまった。先生の指摘をよくかみしめて、今後に反映させていきたい。

先生の全体評 :
  「 筋書きだけの歌では困る。バックに潤いを持たせた歌を心掛けること 」 と

私の歌ではないが、Mさんの歌 :
 「 ヒヨドリが運びくれしか心当たりなき草花の庭に咲きおり 」

→ → → 野の鳥が運びくれしか種をまこしはずなき万両の花庭に咲きおり


2013.5.19
   Yukikaze

0 件のコメント:

コメントを投稿